新国立劇場 『ポッペアの戴冠』
実質的なオペラの創始者とされるモンテヴェルディ(1567-1643)。
「オルフェオ」「ウリッセの帰還」と並び現存する3作のオペラのうち、
75歳で書いた最後の作品が、「ポッペアの戴冠」(1642年初演)である。
5月17日(日)午後2時より。新国立劇場 中劇場にて。
バロック時代の音楽劇というもの自体、私は初めてだった。
新国立劇場の中劇場は1階の後ろの方からでも、
舞台が近く感じられるし、オケピットの中まで見える。
見える限りの範囲はほぼ満席である。
コンサート形式なので、舞台装置はほぼ何もない。
天界の神々が高い位置で歌うほか、
場面によって舞台を立体的に用いるところはあるが、
基本的に、歌手は舞台に直立で歌う。
全編レチタティーヴォ(語り)でできているが、私がわずかに知っている
モーツァルトの「フィガロの結婚」や「ドン・ジョヴァンニ」で聴いた
レチタティーヴォに比べてもっと「歌らしい」旋律に言葉が乗せられている。
だから、歌自体を聴かせるための「アリア」でなくても、概して
耳に心地よい抑揚のある歌が言葉を伝えてくる。
今日面白かったのは字幕。
いつもは誰が歌ってようが、左右両サイドに目を走らせて盗み見る字幕だが、
今日は今歌っている歌手の上に表示されるしかけになっていた。
舞台の背景の黒一色の壁に文字が次々に浮かび上がるのである。
吹き出しこそついていないが、登場人物と歌と言葉がいっぺんに把握できる。
同じ歌詞を繰り返す場合、2回目は字幕のフォントが大きくなって強調するとか、
単語によっては、滲んだ文字がボーっと現われておもむろにピントが合うとか、
なかなか芸が細かい。
歌と言葉の掛け合いによる精妙な二重唱や同じフレーズの繰り返しによる効果や
不思議な半音階で上昇する歌…こまごま聴き直せば、
考え抜かれて作り込まれた作品であるに違いない。
第1幕85分、第2幕50分、第3幕45分で、間に休憩が20分ずつ入って、
全部終わったら5時40分だった。結構長い。
17世紀の昔からオペラというものは長かったようだ…まあ、まとまった内容の
ドラマを語るにはそれぐらいの時間はどうしてもかかるのだろう。
が、派手なオーケストラがあるわけでもなく、簡素な伴奏によって
延々と歌が語り続ける「劇」はどうしても単調に感じられるところもある。
もちろん、バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏は素晴らしかった。
ラ・フォル・ジュルネでは聴き逃した演奏を今日のオペラで聴けて幸いだった。
やはりバロック時代の編成がもたらす独特な響きがある。
まず、オルガンの通奏低音が必ず下から聴こえてくる。
それから、弦をこする音よりはじく音の方が目立つ感じ。
それは、リュートやギターの弦をつまびく音やチェンバロのチャラランという響き。
チェンバロは鍵盤を弾くのだけれど、出てくる音はやはり弦を感じさせる。
ヴァイオリンのような楽器も、透き通った純粋な音程ではなく、
微妙な雑音や音程のブレを伴った音色が、上手く言えないが、
精製塩ではなくミネラル分を含んだ塩のような味わい深さである。
そして、リコーダーが高音でピーヒャラピーヒャラ吹くと、
昔NHKでやっていた「シェークスピア劇場」の世界へと誘われる。
あの番組の冒頭のテーマ曲には確かトランペットと太鼓も出てきた気がするが、
そういう金管や打楽器は今日の編成には含まれていなかった。
そうそう、モンテヴェルディとシェークスピアはほとんど同時代人である。
とにかく、古楽アンサンブルの響きに引き込まれるのであった。
哲学者セネカが皇帝ネローネに命じられて、浴槽で自殺する悲痛な場面の
直後、舞台が暗転して流れた鈴木秀美さんのチェロの凄みにゾッとした。
歌も見事だった。どの歌手も素晴らしく上手かったと思う。
チラシを見てポッペアが森麻季さんでオッターヴィアが波多野睦美さんだと
知った時に、絶対聴きに行こうと思ったのだ。
森麻季さんは艶やかな赤のドレスがポッペアがぴったりで、彼女の勝手な
言い分を美しいハイトーンで歌い通した。ネローネとのハモリもばっちり。
波多野睦美さんは対照的な白のストイックな衣装で皇后の屈辱を歌い、
女の怨念、運命の不条理を幅と陰影のある声で訴えて存在感あり。
同情を買いつつ好かれもしなさそうな皇后のキャラクターを歌の言葉だけで
表現できるのは凄いと思う。
ネローネ役のレイチェル・ニコルズも、ポッペアの夫オットーネ役のダミアン・ギヨンも
素晴らしい。声と身体をコントロールするプロフェッショナルに改めて感服する。
それにしても、男性であるネローネやオットーネの声が
ソプラノやカウンターテナーに割り振られているのが面白い。
確かに、お坊ちゃんで不安定な皇帝や妻を寝取られて哀れな夫の役柄と
マッチしていい味出ている。セネカの低音の渋さと対照的だ。
驚くのはストーリーだ。
要するに、美貌と色気を武器にした愛人が皇帝の寵愛を受け、
地味な正妻を追い出して皇后になってめでたしめでたしという不倫礼賛話である。
いさめるセネカは皇帝の怒りに触れて自殺させられるし、
皇后オッターヴィアにポッペア暗殺を命じられて未遂に終わった夫オットーネは、
結果的に追放の身となり、命じたほうの皇后は「ローマよさらば」という
哀しい歌を歌いながら、小舟に乗せられて海に流されるという流刑というか
ほとんど死刑。
さあ、これで邪魔者はすべていなくなった!私は晴れて皇后さま。
あなただけを愛し、あなただけを抱いて、二人で幸せになりましょう!!
で終わり。
えええっっ!!そんなんでいいんですかぁー?
人の道に外れたら、ふつう何かペナルティがあるもんじゃないんですか~?
その女、戴冠させちゃっていいんですか~?
ミサ曲もたくさん書いたモンテヴェルディなのに、
「姦淫するなかれ」なんてキリスト教的なお説教は一切なし。
これがルネッサンス的自由の謳歌というものなのか?
これまでに観た数少ないオペラには、いろいろと紆余曲折あっても
道ならぬ恋人達は最終的に死ぬとか破滅するとか、悲劇的な結末が多かったが、
皇帝と人妻が不倫の挙句、それを祝福する愛の二重唱でハッピーエンド。
「は?なんじゃこれー」の結末が逆に衝撃的で新鮮。
「勝ち組」と「負け組」がとてもハッキリしているストーリーだが、
その勝敗の正当性のなさは、今の世の中と同じである。
「愛」がすべてに優先するということを謳っているのか?
いや、そうとも思えない。少なくとも無条件の「愛」の勝利ではない。
そう言えば、純愛の例も示されていた。
妻のポッペアにこっぴどく捨てられた夫のオットーネに、
宮廷女官のドゥルジッラは一途な愛を告白し、
ポッペア暗殺未遂のオットーネの罪を自分が被ろうとし、
その心に打たれた皇帝がオットーネの死罪を減じて追放に処すと、
自分も彼について出ていくと言うのだった。
武将の身分を剥奪され「物乞いのように野をさまよえ」と追い出された男でも
愛し抜き添い遂げるというのはホンモノの純愛だろう。
こういうカップルと較べるとネローネとポッペアなんていうのは、
皇后とうまくいかず、華やかな女に魅かれて浮気した皇帝と、
「皇帝」とか「皇后」の地位に目が眩んだ野心満々の女だ。
彼女が愛したのは単なるネロではなく、「皇帝ネロ」であったに決まっている。
別にいいけどね。それで皇后の地位をゲットできたのなら大した実力です。
人間は矛盾に満ち、自分さえよければいいと思い、
力の強い者、なぜだか運命に守られた者がその欲望を実現するのだ。
愛も欲望のうち。それが現実である。
「ホントにこんな女がいたのか?」と思って、塩野七海さんの
『ローマ人の物語VII 悪名高き皇帝たち』の皇帝ネロの章をパラパラめくると、
確かにポッペアという愛人が出てきて、史実もある程度このオペラに近い。
(セネカの自死はポッペアとは関係なく、もっと後のことだが)
ネロは、その後暴政の挙句に叛乱が起こり30歳の若さで自死したが、
その頃ポッペアがどうなっていたかは別に何も触れられていない。
身分の高い人物以外にいろいろ登場する「庶民」もリアルだった。
皇帝ネロがオットーネが留守のポッペアのところへ夜這い中の時、
見張り役をやらされている衛兵がぼやいていたり、
ポッペア、オッターヴィアには、いずれもしっかりした乳母がついていて、
それぞれのお嬢様になにかと「忠告」していたり。
とくに、ポッペアの乳母が終幕近く歌うソロが傑作である。
「これからは私は皇后さまの乳母なのよ。今まで私のことを“おまえ”と呼んで、
見下していた人達が、これからは私を大切に敬うでしょう。
私は身分が低く貧しい生まれだけど、最後は貴婦人として死ぬのよ。
今度生まれ変わったら、貴婦人として生まれて貧しく死にたいもんだわね」
超~~ホンネの歌でした。
人間ってそうですねー。勝ち馬に乗ったもんが勝ちですねー
確かに美徳(ヴィルトゥ)は分が悪くて、愛(アモーレ)が勝つと
冒頭の神々も言ってましたがそれでいいんでしょうか?
運命(フォルトゥナ)は不公平ですねー。
そういう意味で、ドラマチックかつリアルなオペラであった。
今度はぜひ演技付きの本格オペラで観てみたい。
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コメント
良かったそうですね~。
残念ながら伺えず、こうして感想を書かれている方のブログをお訪ねしてまわってます。
投稿: operaview | 2009年5月19日 (火) 16時33分
はじめまして。コメントありがとうございます。バロックオペラ初体験でなかなか新鮮でした。
投稿: chiho | 2009年5月21日 (木) 00時16分
chihoさま~
コメントありがとうございます。
マクベス夫人もご覧になったのですね^^。
チェネレントラにも行かれるのでしょうか??
これからも素敵なオペラに出会えますように・・・。
投稿: operaview | 2009年5月21日 (木) 17時31分